(免責事項)
本ページの内容には高圧力を発生する物があります。工作・使用は自己責任で行ってください。

10GPa級対向アンビル超高圧セル



小型化2号機(左)と2軸回転機構(右)の写真
(概要) 試料体積を格段に大きくとれる高圧発生非磁性小型クランプセル。 10GPa(10万気圧)超クラスの装置としては、ロードに対する体積の効率が世界最高(多分)。 既存の小型高圧装置はNMRには試料体積、静水圧性、磁性、セルサイズの観点から使用できない為、新規開発しました。 くぼみつき非磁性WCアンビルとNiCrAl合金製の特殊形状ガスケットの組み合わせで試料体積を稼いでいます。 ガスケットがメタルなのでテフロンカプセルが不要で、液体/気体圧力媒体の封じ込めが確実にできます。 φ29版はφ60ボア径、φ22版はφ38ボア径を持つマグネット内で2軸回転機構に装着することが可能です。
Specifications
非磁性、グリセリン/アルゴン等圧力伝達媒体対応。ルビー蛍光可能。多配線対応。
セルサイズΦ29x42mm版 ― 14 GPa(14万気圧)@21トン、試料体積7mm3
セルサイズΦ22x34mm版 ― 8 GPa(8万気圧)@9トン、試料体積5mm3

対向アンビル型高圧発生

主なターゲットは強相関金属系単結晶の核磁気共鳴(NMR)測定。この場合の要件をリストすると:
  1. 数mm3以上の試料体積を、2軸回転機構に搭載可能な小型クランプセルサイズ(Φ30以下)で実現すること。
  2. 非磁性、ただしNiバインダ系の非磁性WCアンビルの弱磁性は許容する。
  3. 静水圧性を確保するために、圧媒体は自由に選べること。
  4. 高周波損失の小さい配線が可能であること。
上記に加え、安価であることを目標とした。
大容積を実現可能な方式としてキュービックアンビル型が知られているが、 この方式では「数mm3」と「小型クランプセル」が両立しない。 対して、ブリッジマンアンビルセルから派生した対向アンビルセルの中にはドリッカマー型、パリ・エディンバラ型、ベルト型等、セルサイズに比して大きな体積を得られる方式があり、これらを参考にして対向アンビル型を開発することとした。

ダイヤモンドアンビルセルに代表される、対向アンビル型では(体積が極小でも良いならば)数100GPaまでの超高圧発生の方法がほぼ確立している。しか し、保守的な金属平板ガスケットで得られる試料室体積は非常に小さい。 対向アンビル型では主にガスケット材の内部摩擦と引張り強度で体積を保ちつつ高圧力を保持するから、ガスケット材料/形状の改良が一番重要と思われる。 また、液体圧媒体の場合には、パスカルの原理により径方向に非常に大きな力がかかるのでガスケットの設計は難しくなる。

図1:開発中に試した各種ガスケット
左列からジルコニア+パイロフィライト(P)、
CuBe+P、NiCrAl+PorMgO, NiCrAl, NiCrAl(完成形)。

図2:完成版のアンビルとガスケットの略図
アンビルの先端径は4mm。
ガスケットの最薄部は1mm、
9 GPa加圧後は0.6mm程度になる。
アンビルのマッシブサポート角は30°に固定し、図1に示すように様々な材料/形状のガスケットを計50回以上試した結果、以下のことが判明した。
  1. パイロフィライト、MgO、アルミナ、マイカ等を絶縁部分に使用すると、ロードに対する圧力発生効率が非常に悪くなる。従って、低弾性率材料 の使用は極力控える必要がある。
  2. ガスケットの外側に向い程度な傾斜を付けることで、ストロークの進み具合と圧発生効率のバランスを取ることができる。傾斜が少ないと、スト ロークが進みすぎる上に、ガスケットが割れ易い。逆に、ドリッカマー型のようにガスケットとアンビルの隙間が少ないと、ロード/圧力曲線が飽和し易い。
  3. ガスケットの中心部に高弾性率材料であるタングステンをはめ込むと、若干圧効率が向上する。
最終的に、図2にように15°の傾斜を付けたNiCrAl合金ガスケットを使用し、アンビルに適切なくぼみを加えることでφ2.5x1.5程度の試料体積を得ることができた。 この試料室は100tクラスの「小型」キュービックアンビルよりも大きい。 図3には、Cu2Oの63Cu-NQR(核四重極共鳴)周波数を用いて測定したロード-圧力曲線を示す。 電気配線に関しては以前はNiCrAlガスケット上に掘った溝の上で粉末ダイヤモンドをエポキシ樹脂で固めたもので絶縁していた。 最近は図4のようにアンビル内部のすり鉢状の穴に埋めて使用している。 ピストンシリンダー型のプラグ配線に似ているが、粉末ダイヤモンド・エポキシを用いる点が違い、真鍮コーンも使用しない為非常に簡単である。 現在は、圧力伝達媒体としては単原子分子であるアルゴンを主に使用している。 Cu2O-NQRの線幅で評価すると、アルゴンは9GPaでも高い静水圧性を保つが、グリセリンは5GPa程度以上では急に線幅が広がる。 尚、フロリナートは一軸圧性が強すぎて線幅が広いばかりかコイルの絶縁を保てなかった。

図3:ロード-圧力曲線の一例
圧媒体はグリセリン。
モアッサナイト窓
を通してルビー蛍光法で測定。

図4:NMRコイルと光ファイバーをセットアップする場合の断面図
粉末ダイヤモンド+エポキシ樹脂による絶縁。
圧媒体はクランプセル内に満たすことで導入する。

クランプセル

通常、セル全体のサイズはほぼクランプする為に費やされている為、この部分の小型化は全体の小型化に取って不可欠になる。 一般にはC1720等のCuBe合金が使用されるが、小型化セルの材料にはガスケット同様、非磁性金属中最高の引張り強度(約2GPa)を持つNiCrAl合金(Ni基ロシア合金56Ni-40Cr-4Al)を使用することとした。 高強度合金は靭性が低いため、有限要素法(Finite Element Method: FEM)を用いた構造解析により応力の集中を避ける用に設計している(図5)。 特に、アンビル背面のテーパー化は全長の短縮に大きく貢献している。対向アンビル型特有の事情として、ピストンシリンダー型と違い圧力印可時に吊り下げ式(ハンギングサポート)にする必要がある。 外側のサポート部の材質には析出硬化系ステンレスのSUS630を選んだ。

図5:FreeFEM++による有限要素法構造解析
応力の主値を等高線プロットしたもの。

図6:小型化NiCrAl製クランプセル2号機
金属部品に色がついているのは時効化処理時の酸化膜の為。
図6の完成形クランプセルの前に、2台のクランプセルを試作した。 図7はアンビル/ガスケット形状のテストの為に作成したCuBe製プロトタイプ型セルであり、φ50x50の大きさの為に2軸回転できない。 図8のガラクタ、もといNiCrAl製の小型化第1弾セルはテスト中に破壊してしまった。 アンビルは凹み部の放電加工によるマイクロクラックから、クランプセルはねじ部の応力集中で破壊されたと推測している。 NiCrAl製セル2号機以降では、アンビルの凹み加工は焼結ダイヤモンドバイトによる旋削に変更した。 クランプ部に関しては、NiCrAl合金の時効温度の見直しと、ねじ先端に応力集中しないように構造の改良を大幅に行っている。

図7:CuBe製プロトタイプセル
回転機構に載らないのでNQR/粉末試料NMRが可能

図8:小型化NiCrAl製クランプセル1号機(大破)
思い入れがあるので捨てられない、まさにガラクタ。

設計図


φ22セル クランプセル/アンビル/ガスケットの設計図(PDF


φ29セル現行バージョン(アンビル内配線)クランプセル/アンビル/ガスケットの設計図(PDF

φ29セル旧バージョン(ガスケット上配線)のクランプセル/アンビル/ガスケットの設計図(PDF

超高圧NMR

上記のセルで得られた超高圧下のNMRの例として、図9に単結晶β-Na 0.33V2O523Na-NMRスペクトラムを示す。 詳細は省くが、5.8 GPaにおいても鋭い中心線(半値幅:3 kHz)と、33 K付近で明確な磁気秩序が観測された。 強相関系の超高圧NMRが実用段階に入ったと言える。図10には、NMR圧力計のスペクトラムを示す。 ルビーR1蛍光線との同時測定によりCu2OのNQR周波数とスズ金属のNMRナイトシフトの圧力依存性を測定している。 アルゴン圧力伝達媒体の高い静水圧性により、スペクトラムの広がりは比較的小さい。

図9:5.8 GPa, 53.62MHzにおける
β-Na0.33V2O523Na-NMRスペクトラム
単結晶試料は山内氏(物性研上田寛研)提供

図10:Cu2O-NQR、ルビー蛍光、スズ金属NMRのスペクトラム
圧力伝達媒体はアルゴン

その他

参考文献

本研究について
超高圧発生技術全般について

NiCrAl合金、非磁性WC等高圧セル材料について
高圧下Cu2O-NQRについて
圧力伝達媒体について

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